「Haskellで人を集めてPHPを書かせる」という都市伝説について

Haskell界隈の一部で囁かれる都市伝説として、「Haskellで求人を出して集めた優秀な人材にPHPを書かせる」というものがありました。この都市伝説に実体はあるのでしょうか?

伝説

まず、議論の前提として、この伝説に言及している投稿をいくつか挙げておきます。これは「伝説が少なくとも伝説としては存在する」ことを立証するために挙げるのであり、これらの投稿について何らかの価値判断を行う目的ではありません。

伝説の実害

この伝説のせいで「本当にHaskellをやろうとしていた会社の求人にあまり人が集まらなかった」という事例もあったようです。ですので、この都市伝説には実害があると言えそうです。

社内Haskellチュートリアルのススメ | GREE Engineering

実害がある以上、この都市伝説はうやむやにされるべきではなく、正体を明らかにしなければなりません。

伝説の奇妙な点

仮に実在の企業が「Haskellで人を募集してPHPを書かせる」という悪行をしていたとすれば、伝説とセットで企業名が語られるケースがあっても良いはずです。実際、「DMCA悪用」という悪行は企業名と共に語られることがあります。

しかし、「Haskellで人を採用してPHPを書かせる」という伝説には、企業名が紐づいているのを見たことがありません。このことから、伝説は事実に基づかない可能性が高そうです。

伝説の生まれた地

さらにツイッターを遡ると、発信源と思われるWeb記事への言及が見つかりました。

残念ながら発信元の「リクナビNEXT」の記事は消えているようですが、Web Archiveで内容を参照できます:

藤本真樹氏×まつもとゆきひろ氏“Ruby”特別対談|【Tech総研】

該当部分を引用します:

Matz:「Haskellのパラドクス」という面白い話があります。Haskellはかなりとんがった言語で、やっている人は少ないけれど、あえて、プログラマの募集要項に「Haskell経験者」と書いちゃう。そうすると、ものすごく優秀なプログラマが採用できるので、来たらその人にPHPを書かせる(笑)。最先端の技術って、強制されて勉強する人はあんまりいない。それでも、それを自学自習してやっているような人は、好奇心旺盛で他のことをやらせても生産性高いはずだ、という推定が成り立つんでしょうね。

ただ、最近は、Rubyでもご飯が食べられるようになっているんで、以前のようにRubyはハイスキルの指標にはならなくなってきちゃったかもしれない(笑)。

というわけで、Matzが「面白い話」として言及している「Haskellのパラドクス」という話が伝説の正体であることがわかります。

Matzにとっては「面白い話」でもHaskell使いにとっては全く面白くないんだが!?

では、「Haskellのパラドクス」はどこが由来なのでしょうか?

「Haskellのパラドクス」の正体

「Haskellのパラドクス」あるいは「Haskell paradox」で検索してもそれらしい話は出てきません。

これは推測ですが、元ネタはPaul Grahamの「The Python Paradox」のように思えます。邦訳もあります。

こっちでは「Javaのポジションを募集する際にPythonの経験も要求する」という言い方で、「騙す」ようなニュアンスは含まれません。

というわけで、元々「Pythonのパラドックス」だったのをMatzが記憶違いか何かで「Haskellのパラドックス」として紹介し、それを人々が真に受けてしまった。そして伝言ゲームにより「応募者を騙し討ちにする」と解釈できる余地が生まれてしまった、というのがこの都市伝説の真相と思われます。

再発防止策

Matzの言うことを真に受けないようにしましょう。

追記(10/2)

「Haskellのパラドクス」は完全にMatzの記憶違いというわけではなくて、2010年ごろにそういう風潮(「Pythonのパラドックス」のPythonの立ち位置の言語が変化した)があったようです。調査不足により失礼なことを言ってしまいました。お詫びします。

[Haskell-cafe] Haskell and the Job Market, e.g. with Google(2010年2月)

関係ないですが追記ついでに書いておくと、2004年当時はPythonがクールな言語だったようですが、今ではPythonはすっかり(少なくとも私にとって)「書かされる言語」になってしまったのが時代の流れを感じます。

あと、悪意の有無はともかくとして「募集した言語と実際に書かせる言語が違う」という事例がこの記事をきっかけにいくつか報告されています。マイナー言語を採用するプロジェクトがあっても会社全体で見るとそれは少数派だったりするので(あるいは、マイナー言語を推進する人が辞めちゃったりすると)そういう事例が発生するのかもしれません。人を募集する側としては誠実にやっていきたいものです。