虚数の存在/実在についての議論について思うこと

「虚数は存在すると言えるのか」みたいな議論はSNSで定期的に見かけます。なぜこういう議論が発生するのでしょうか。

具体的なSNSの投稿を提示しないと「誰と戦っているのか」と言われそうなので2024年7月にこの話題が出た時の火元を貼っておきますが、この記事は「こういう議論全般」に対する私の考えであり、SNSの特定の投稿へのアンサーではありません。

数学的にはどうなのか

数学的には、複素数\(x+yi\)は実数の組\((x,y)\)によって構成できるので、実数の存在を認めるのなら複素数、虚数も当然存在することになります。

数学的対象をこのように構成することは日常茶飯事であり、複素数だけをとやかく言う道理はありません。

現実世界ではどうなのか

「でも虚数は現実世界にないじゃん」みたいな意見があるかもしれません。

そういう人には、「自然数はどうなのか」「実数はどうなのか」と逆に問いたいです。「自然数はものの個数として『実在』する」と言うのであれば、「宇宙の原子の総数よりも多い自然数は存在するのか」ということになりますし、「実数は物差しの目盛りとして『実在』する」と言うのであれば、「目盛りが\(10^{-1000000}\)mの物差しは作れるのか。作れないのであれば、小数点以下1000000桁の実数は存在すると言えるのか」ということになります。

何が言いたいかというと、「現実世界に存在する」とはどういうことなのかをはっきりさせないと議論にならないということです。これ以上は哲学とかの領域になりそうなので、ここでは立ち入りません。

なぜ「虚数の存在」が議題に上がるのか

私の観測範囲では、「虚数の存在」が話題になることはあっても、「ベクトルの存在」「行列の存在」が同じように話題になるのを見たことがありません。いくつか理由を考えます。

  1. 名前に「虚」が入っているので嘘くさい
  2. 名前に「数」が入っているので、人によっては「数」として受け入れられない
  3. 教育課程での導入方法に問題がある

名前に「虚」が入っている

これは名前をつけた人が悪いです。名前に「虚」が入っていてもれっきとした数学的対象なのだと学校で教えましょう。

「数」として受け入れられるか

まず、万人に共通する「数」の定義はありません。自然数や整数、有理数、実数あたりは「数」として認める人が多いでしょう。人によっては、これらの数のように四則演算できる対象、つまり複素数も「数」として認めるかもしれません。一方、別の人は「『数』と言ったら大小比較できてほしい」と思うかもしれません。

それにしても、なぜ「複素数」は「実数の組」ではなく「数」扱いされることが多いのでしょうか。いくつか理由を考えてみます。

  • 実数を拡張した体系である
  • 四則演算できる
  • 初等関数を複素数に拡張できる
  • 微積分ができる
  • 「数」(実数)を係数とする代数方程式の解として導入できる

まず、既存の「数」を拡張した体系であることはそれを「数」扱いするための動機になりえます。尤も、「実数からの環準同型」くらいならいくらでも作れるので、これだけでは「数」扱いする十分な理由にはなりません。

四則演算できることも重要そうです。ですが、(一般には「数」扱いされることの少ない)行列だって足し算、引き算、掛け算くらいならできるので、四則演算ができるからといって「数」扱いするにはちょっと弱い気がします。

初等関数(指数関数とか三角関数とか)を実数から複素数に拡張できるという事実は、「実数の正当な拡張である」という印象を強く感じさせます。対数関数が多価になったりしますが……。ところで行列の指数関数みたいなやつもありますね。

微積分ができるのも重要かもしれません。まあベクトルだって微積分できたりしますけどね。

複素数は元々代数方程式絡みで導入されたらしいです。「数」を解とするべき方程式の解なんだから「数」であるべきだろう、と主張できそうです。

教え方に問題があるのでは

私が高校生の時に虚数をどうやって教わったかはもう忘れてしまいましたが、学校での教え方に問題がある説はあります。「想像上の数である」みたいな教え方だと「実際には存在しないということか」となりそうです。その場合は教え方を改善する必要があります。

まあ自分が高校生の頃のことは忘れてしまったし、手元に現行の高校の教科書があるわけでもないので、ここではこれ以上は立ち入りません。

物理系の人は虚数よりももっと別のことを心配した方が良い

物理系の人が「虚数は存在するのか」という話になんやかんや言っているのを見かけます。ですが、「数学者ほど厳密にやらない」ことに定評のある物理学徒に、果たして「虚数の存在」を心配している暇はあるのでしょうか?

例えば、デルタ関数を「原点を除いて0で、原点では無限大を取るので積分したら1になる関数」と説明している物理学者はいないでしょうか?実数を2つ組にすれば済む「虚数」とは比べ物にならないほど「嘘くさい」説明だとは思いませんか?

もちろん、デルタ関数も数学的に厳密な定式化は可能です(普通の「関数」にはなりませんが)。しかし、デルタ関数の定式化を知っている物理学徒なら当然複素数も(朝飯前に)構成できるはずで、「虚数の存在」みたいな話題でぐちぐち言わないものと信じます。

ナントカ積分も「数学的な基礎付けが怪しい(怪しかった?)」みたいな噂を聞いたことがありますが、私はナントカ積分についてはマジで何も知らないのでここでは取り上げません。

【追記】私のイメージする物理学徒像はだいぶ実際からずれているようで、頂いた反応を貼っておきます。

Re: 虚数の存在/実在についての議論について思うこと | A Study in Gray Cells

【追記終わり】

私からの提言

「虚数は存在するか」みたいな面白くない話題よりも「0は純虚数か」みたいな楽しい話題で盛り上がりましょう。

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