公式の暗記と導出

どうやら受験シーズンのようなので、高校数学に毛の生えたレベルの話でもしてみようと思う。

目次

高校数学には色々な「公式」が登場する。皆さんはああいった公式を逐一暗記しただろうか?筆者の場合はNoだ。教科書に書かれた公式の中には、覚える必要性が低いものが混ざっている。

三角関数の公式

例えば、三角関数の積和の公式は高校時代の筆者は「覚える必要なし」と判断した。積和の公式というのは\[\sin A\sin B=\frac{\cos(A-B)-\cos(A+B)}{2}\]というようなやつで、これは三角関数の加法定理から簡単に導出できる。

使用頻度の高い、あるいは導出が難しい公式なら覚える価値があるかもしれないが、高校時代の筆者は「この公式はそこまで必要にならないし、導出も十分簡単だ」と判断した。実際、高校を出て10年くらい経った今でもこうしてサラッと導出できている。 →できてなかった(公開当初の版)。受験失敗間違いなしです……。

もっと言うと、三角関数の加法定理は複素数の指数関数の知識から導出できるので、その辺の知識があれば暗記しなくても良い。「複素数の指数関数の知識」というのは\begin{align*}e^{i\theta}&=\cos\theta+i\sin\theta,\\e^{z+w}&=e^ze^w\end{align*}のことだ。2番目の式で\(z=i\alpha\), \(w=i\beta\)として1番目の式を適用、展開して両辺を比較すれば三角関数の加法定理が得られる:\begin{align*}&\cos(\alpha+\beta)+i\sin(\alpha+\beta)\\{}={}&e^{i(\alpha+\beta)}\\{}={}&e^{i\alpha}e^{i\beta}\\{}={}&(\cos\alpha+i\sin\alpha)(\cos\beta+i\sin\beta)\\{}={}&(\cos\alpha\cos\beta-\sin\alpha\sin\beta)+i(\cos\alpha\sin\beta+\sin\alpha\cos\beta)\end{align*}(ここで「実部どうし、虚部どうしを比較」としてしまうと複素数の三角関数の場合に使えない導出方法となってしまうが、ここではその辺には突っ込まないことにする。高校では複素数の三角関数は扱わないし。)

まあ、三角関数の加法定理は使用頻度が高いので覚えても良いと思うが、これも「導出の知識があれば覚える公式を減らせる」一例ではある。

三角関数を題材とした「暗記 vs 導出」の話は割とありきたりな話だと思うので、多くの場で語られていることだろう。ここでは少しでもオリジナリティーを稼ぐため、「正四面体」の例も挙げよう。

正四面体

「正四面体の中心と頂点の距離」を聞かれたら皆さんはどう答えるだろうか?あるいは「正四面体の中心から見た頂点同士のなす角」は?(後者は数学よりもむしろ化学で登場しそうな問だ)

ほとんどの人にとって、こういった正四面体の性質を暗記するのは手間に見合わないだろう。筆者とてそれは同じことだが、しかし筆者はこれらの比較的簡単と思われる導出方法を知っている。座標計算だ。

一辺の長さが \(\sqrt{2}\) の正四面体の頂点の座標は、四次元ユークリッド空間 \(\mathbf{R}^4\) の超平面 \(x+y+z+w=1\) 上で \((1,0,0,0)\), \((0,1,0,0)\), \((0,0,1,0)\), \((0,0,0,1)\) と置くことができる。これは覚えやすい。この座標表示では中心の座標は \((\frac{1}{4},\frac{1}{4},\frac{1}{4},\frac{1}{4})\) となる。あとは普通に座標計算してやれば、中心と頂点の距離は\[\sqrt{(1-\frac{1}{4})^2+(0-\frac{1}{4})^2+(0-\frac{1}{4})^2+(0-\frac{1}{4})^2}=\frac{\sqrt{3}}{2}\]と計算できる。

中心から見た頂点同士のなす角を考えよう。求めたい角度を \(\alpha\) とおく。これはベクトル \((1,0,0,0)-(\frac{1}{4},\frac{1}{4},\frac{1}{4},\frac{1}{4})=(\frac{3}{4},-\frac{1}{4},-\frac{1}{4},-\frac{1}{4})\) と \((0,1,0,0)-(\frac{1}{4},\frac{1}{4},\frac{1}{4},\frac{1}{4})=(-\frac{1}{4},\frac{3}{4},-\frac{1}{4},-\frac{1}{4})\) のなす角なので、内積を使って\begin{align*}\cos\alpha&=\frac{\frac{3}{4}\cdot(-\frac{1}{4})+(-\frac{1}{4})\cdot\frac{3}{4}+(-\frac{1}{4})^2+(-\frac{1}{4})^2}{\sqrt{(\frac{3}{4})^2+(-\frac{1}{4})^2+(-\frac{1}{4})^2+(-\frac{1}{4})^2}\sqrt{(-\frac{1}{4})^2+(\frac{3}{4})^2+(-\frac{1}{4})^2+(-\frac{1}{4})^2}}\\&=-\frac{1}{3}\end{align*}と計算できる。この角度は有名角ではないのでこれ以上記号的な計算はできないが、関数電卓等で \(\operatorname{acos}(-\frac{1}{3})\) を計算するとおよそ109.57°という値が得られる。

ちなみに、距離や角度なら良いが「正四面体の体積」はここに書いた知識をすぐに応用して、というわけにはいかない。 \(\mathbf{R}^3\) での頂点の座標表示 \((1,1,1)\), \((1,-1,-1)\), \((-1,1,-1)\), \((-1,-1,1)\) を行列式にぶち込んで \(\frac{1}{6}\) する方が簡単かもしれない。

まとめ

三角関数の積和の公式は加法定理に帰着させることで、三角関数の加法定理は複素数の指数関数に帰着させることで暗記する量を減らせる。また、正四面体の場合は頂点の座標表示を覚えておけば正四面体にまつわる量を比較的簡単に導出できる。

教科書に書いてある公式は闇雲に覚えるのではなく、「導出方法の暗記」で代替できないか一度考えてみよう。