今回は \(\mathbf{R}^3\) のベクトル積とか回転行列とかに関する覚え書き。割と初等的。大学2年ぐらいのレベルだろうか。オチはない。
定義とか
3次の実正方行列全体の集合を \(M(3,\mathbf{R})\) で表す。3次の特殊直交群 \(SO(3)\) を\[
SO(3)=\{A\in M(3,\mathbf{R})\mid\det A=1,~{}^tAA=I\}
\]で定める。特殊直交群の元はいわゆる回転を表す行列である。
3次の交代行列全体の集合を \(\mathfrak{so}(3)\) で表す。\(\mathfrak{so}\) は小文字のsoをフラクトゥールで書いたものである。\[
\mathfrak{so}(3)=\{X\in M(3,\mathbf{R})\mid X+{}^tX=0\}
\]\(\mathfrak{so}(3)\) は3次元の実線形空間であり、\begin{align*}
E_1&=\begin{pmatrix}0&0&0\\0&0&-1\\0&1&0\end{pmatrix},&
E_2&=\begin{pmatrix}0&0&1\\0&0&0\\-1&0&0\end{pmatrix},&
E_3&=\begin{pmatrix}0&-1&0\\1&0&0\\0&0&0\end{pmatrix}
\end{align*}は一組の基底となっている。\(\mathfrak{so}(3)\) の元 \(X\in\mathfrak{so}(3)\) は実数 \(a,b,c\in\mathbf{R}\) により\[
X=\begin{pmatrix}0&-c&b\\c&0&-a\\-b&a&0\end{pmatrix}=aE_1+bE_2+cE_3
\]と書ける。
ベクトル積
\(\mathbf{R}^3\) にはベクトル積(「外積」とか「クロス積」と呼ぶこともあるが、ここでは「ベクトル積」と呼ぶことにする)という演算が定まる。\[
\mathbf{a}\times\mathbf{b}=\begin{pmatrix}a_2b_3-a_3b_2\\a_3b_1-a_1b_3\\a_1b_2-a_2b_1\end{pmatrix}
\quad\text{ただし,}\ \mathbf{a}=\begin{pmatrix}a_1\\a_2\\a_3\end{pmatrix},\quad
\mathbf{b}=\begin{pmatrix}b_1\\b_2\\b_3\end{pmatrix}\]
\(\mathbf{R}^3\) の元 \(\mathbf{x}\) に \(\mathbf{a}\times\mathbf{x}\) を対応させる写像を \((\mathbf{a}\times)\) で書くことにする。\[
\begin{array}{cccc}
(\mathbf{a}\times)\colon&\mathbf{R}^3&\to&\mathbf{R}^3 \\
&\mathbf{x}&\mapsto&\mathbf{a}\times\mathbf{x}
\end{array}
\]これは当然線形写像なので、\((\mathbf{a}\times)\) は \(M(3,\mathbf{R})\) の元である。これの行列表示を書き下してみると\[
(\mathbf{a}\times)=\begin{pmatrix}
0&-a_3&a_2 \\
a_3&0&-a_1 \\
-a_2&a_1&0
\end{pmatrix}
\]となるので、\((\mathbf{a}\times)\) は特に \(\mathfrak{so}(3)\) の元である。\(\mathbf{R}^3\) の元 \(\mathbf{a}\) に \((\mathbf{a}\times)\) を対応させる写像は \(\mathbf{R}^3\) と \(\mathfrak{so}(3)\) の線形同型を与える。
\((\mathbf{a}\times)\mathbf{a}=\mathbf{a}\times\mathbf{a}=\mathbf{0}\) なので、\(\mathbf{a}\) は \((\mathbf{a}\times)\) の固有値 0 の固有ベクトルである。
指数関数
行列の指数関数 \(\exp\) を\[
\exp X=I+X+\frac{X^2}{2!}+\cdots+\frac{X^k}{k!}+\cdots
\]により定める。右辺の級数が収束することは省略。
交代行列 \(X\in\mathfrak{so}(3)\) に対し \(\exp X\) を考えると、これは \(SO(3)\) の元となる。\((\mathbf{a}\times)\in\mathfrak{so}(3)\) に対し \(\exp(\mathbf{a}\times)\) を考えると、これは \(SO(3)\) の元なので、何らかの回転を表している。\(\mathbf{a}\) は \((\mathbf{a}\times)\) の固有値 0 の固有ベクトルだったので、\(\mathbf{a}\) は \(\exp(\mathbf{a}\times)\) の固有値 1 の固有ベクトルである。すなわち\[
\exp(\mathbf{a}\times)\mathbf{a}=\mathbf{a}
\]である。\(\exp(\mathbf{a}\times)\) により回転しても変わらないベクトルということで、\(\mathbf{a}\) は回転 \(\exp(\mathbf{a}\times)\) の回転軸と平行なベクトルである。
\(X\in\mathfrak{so}(3)\) が、先に挙げた \(\mathfrak{so}(3)\) の基底の実数倍 \(X=tE_i\) の場合は、指数関数は\begin{align*}
\exp(tE_1)&=\exp t\begin{pmatrix}0&0&0\\0&0&-1\\0&1&0\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}1&0&0\\0&\cos t&-\sin t\\0&\sin t&\cos t\end{pmatrix}, \\
\exp(tE_2)&=\exp t\begin{pmatrix}0&0&1\\0&0&0\\-1&0&0\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}\cos t&0&\sin t\\0&1&0\\-\sin t&0&\cos t\end{pmatrix}, \\
\exp(tE_3)&=\exp t\begin{pmatrix}0&-1&0\\1&0&0\\0&0&0\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}\cos t&-\sin t&0\\\sin t&\cos t&0\\0&0&1\end{pmatrix}
\end{align*}と、どこかで見たことのあるような、\(x,y,z\) 軸を回転軸とする角度 \(t\) の回転行列となる。
\(E_i\) は \(\mathbf{R}^3\) の標準基底 \(\mathbf{e}_i\ (i=1,2,3)\) について \(E_i=(\mathbf{e}_i\times)\) だった。同様に、長さが1のベクトル \(\mathbf{e}\) に対して \(\exp(t(\mathbf{e}\times))\) は \(\mathbf{e}\) を回転軸とする角度 \(t\) の回転となる。
リーブラケット
\(\mathfrak{so}(3)\) の元 \(X,Y\) に対し、リー
[X,Y]:=XY-YX
\]と定める。\([X,Y]\in\mathfrak{so}(3)\) は容易に分かる。
リー括弧積とベクトル積の関係は、\begin{align*}
[(\mathbf{a}\times),(\mathbf{b}\times)]\mathbf{c}
&=((\mathbf{a}\times)(\mathbf{b}\times)-(\mathbf{b}\times)(\mathbf{a}\times))\mathbf{c} \\
&=\mathbf{a}\times(\mathbf{b}\times\mathbf{c})-\mathbf{b}\times(\mathbf{a}\times\mathbf{c}) \\
&=\mathbf{a}\times(\mathbf{b}\times\mathbf{c})+\mathbf{b}\times(\mathbf{c}\times\mathbf{a}) \\
&=-\mathbf{c}\times(\mathbf{a}\times\mathbf{b}) \\
&=(\mathbf{a}\times\mathbf{b})\times\mathbf{c}
\end{align*}より、\[
[(\mathbf{a}\times),(\mathbf{b}\times)]=((\mathbf{a}\times\mathbf{b})\times)
\]である。ただし、途中の計算でベクトル三重積の公式(ヤコビの恒等式)\[
\mathbf{a}\times(\mathbf{b}\times\mathbf{c})+\mathbf{b}\times(\mathbf{c}\times\mathbf{a})+\mathbf{c}\times(\mathbf{a}\times\mathbf{b})=0
\]を使った。
上の式から、\(\mathbf{a}\in\mathbf{R}^3\) に \((\mathbf{a}\times)\in\mathfrak{so}(3)\) を対応させる写像がリー環 \((\mathbf{R}^3,\times)\) と \(\mathfrak{so}(3)\) の同型写像になっていることが分かる。