2022年も色々あったので振り返りたい。
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LunarMLの進捗2022
この記事では、私が数年前から作っているStandard ML処理系「LunarML」の今年の進捗を振り返ります。
これまでの進捗報告記事は以下です:
- LunarMLの進捗2021(2021年12月)
- LunarMLの進捗・2022年1月(2022年1月24日)
- LunarML進捗・2022年2月(2月22日)
- LunarML進捗・2022年4月(4月25日)
- LunarMLと継続(5月22日)
- LunarML進捗・2022年6月(6月25日)
- LunarMLが自身をコンパイルできるようになった(7月1日)
- LunarML進捗・2022年7月:LuaJIT対応など(7月28日)
- バイトコードVMのための調査(10月12日)
2^53+1 は素数か
ふと \(2^{53}+1\) が素数かどうか気になりました。
短い答え:No
Linuxだと factor
コマンドで素因数分解できます。
$ factor $((2**53+1)) 9007199254740993: 3 107 28059810762433
macOSだとHomebrewやMacPortsでcoreutilsを入れる必要があります。
筆者のMacには factor
コマンドは入っていなかったので、最初はMaximaで確認しました:
$ maxima Maxima 5.45.1 https://maxima.sourceforge.io using Lisp SBCL 2.2.9 Distributed under the GNU Public License. See the file COPYING. Dedicated to the memory of William Schelter. The function bug_report() provides bug reporting information. (%i1) factor(2^53+1); (%o1) 3 107 28059810762433
というわけで、 \(2^{53}+1\) は\[2^{53}+1=3\times 107\times 28059810762433\]と素因数分解でき、素数ではありません。
暗算でもできるのでは?
今回調べたいのは \(2^{53}+1\) という形の数です。ちょっと頭を使えば、この数が3で割り切れることがわかります:\begin{align*}2^{53}+1&=2^{53}-(-1)^{53}\\&=(2-(-1))(2^{52}+\cdots+2^{52-i}\cdot(-1)^i+\cdots+(-1)^{52})\end{align*}と因数分解できます。
一般化すると、\(2^{2m+1}+1\)の形の整数はすべて3で割り切れることがわかります。つまり、\(m\neq 0\)で\(2^{2m+1}+1\)が3よりも大きくなる場合はこの形の数はすべて合成数です。
もっと一般化
もっと一般に、\(2^n+1\)の形の整数が素数となるのは\(n=0\)または\(n=2^k\ (k\geq 0)\)の場合に限られます。
\(n=2^k(2m+1)\)とおくと、\begin{align*}2^n+1&=2^{2^k(2m+1)}+1\\&=\left(2^{2^k}\right)^{2m+1}+1\\&=\left(2^{2^k}\right)^{2m+1}-(-1)^{2m+1}\\&=\left(2^{2^k}-(-1)\right)\left(\left(2^{2^k}\right)^{2m}+\cdots+\left(2^{2^k}\right)^{2m-i}\cdot(-1)^i+\cdots+(-1)^{2m}\right)\\
&=\left(2^{2^k}+1\right)\left(\left(2^{2^k}-1\right)\left(2^{2^k}\right)^{2m-1}+\cdots+\left(2^{2^k}-1\right)\left(2^{2^k}\right)^{2(m-i)+1}+\cdots+\left(2^{2^k}-1\right)\cdot 2^{2^k}+1\right)\\
&=\left(2^{2^k}+1\right)\left(\sum_{i=0}^{m-1} \left(2^{2^k}-1\right)\left(2^{2^k}\right)^{2i+1}+1\right)\end{align*}と因数分解できます。
\(k\geq 0\)なので、\(2^{2^k}+1\geq 3\)であり、最初の因数は非自明です。そして、2番目の因数に登場する\(2^{2^k}-1\)は1以上で、\(m\geq 1\)ならば2番目の因数も非自明です。
よって、\(2^{2^k(2m+1)}+1\)の形の数が素数となるのは\(m=0\)の場合に限ることがわかりました。
フェルマー数
\(2^{2^k}+1\)の形の数はフェルマー数と呼ばれています。\(k=0,1,2,3,4\)の場合はこれは素数となり、フェルマー素数と呼ばれています。
ところでなんで \(2^{53}+1\) を調べたかったのか
一部のプログラミング言語では、倍精度浮動小数点数型を唯一の数値型として提供しています。BigInt以前のJavaScriptや、5.2までのLuaなど。
こういう言語では、絶対値が\(2^{53}\)以下の整数は正確に表現できます。そして演算結果の絶対値がそれを超えると、丸めが発生して正しい答えが返ってきません。JavaScriptで試してみましょう:
$ node Welcome to Node.js v17.9.1. Type ".help" for more information. > 2**53 - 1 9007199254740991 > 2**53 9007199254740992 > 2**53 + 1 9007199254740992 > 2**53 + 2 9007199254740994 > 2**53 + 3 9007199254740996
2**53 + 1
を表現できておらず、「表現可能な最も近い値のうち、仮数部の末尾が偶数な方」が表示されています(最近接偶数丸め)。
では、演算結果が「正確に表現できる範囲」を超えたかどうかはどうやったらわかるでしょうか?まず、演算結果の絶対値が\(2^{53}+2\)以上であれば間違いなく超えています。
では、演算結果の絶対値が\(2^{53}\)以下なら結果は正確と言えるでしょうか?否ですね。2**53 + 1
の演算結果は\(2^{53}\)以下であるにも関わらず、不正確です。
一方、演算結果の絶対値が\(2^{53}-1\)以下であれば結果は正確であることが保証されます。この範囲、\([-(2^{53}-1),2^{53}-1]\)はJavaScript界隈ではsafe integerと呼ばれています。
さて、筆者が作っているStandard ML処理系、LunarMLでもsafe integerに相当する整数型を提供できると便利です。提供するとするとビット数は符号ビットも含めて54ビット、 Int54
みたいなものになります。
ですが、Standard MLの固定長整数は2の補数表現を仮定しており、表現できる範囲は\([-2^n,2^n-1]\)の形である必要があります。これとsafe integerを比べると、\(-2^{53}\)がはみ出ます。
なので、LunarMLで Int54
を提供するには、演算結果が\(-(2^{53}+1)\)の場合を何らかの方法で検出し、オーバーフロー例外を起こさなければなりません。この時、\(2^{53}+1\)が素数だったなら乗算の場合に演算結果が\(-(2^{53}+1)\)になる可能性を考慮しなくてよかったのに、現実は残酷でした、という話です。